まずは、頭の知識レベルでもいいので、EGOを理解することが第一ステップ。第二ステップとして、具体的に何をしたらよいのか、「Practcing the Power of Now」より、Keyとなる部分を抜粋してみる。
知識レベルでの理解のまとめ
1. Voice in the Head (頭の中の声)、絶え間ない想念の流れに気付くこと
2. あらゆる種類の思考との同一化、それを自分自身と考えることーEGOの正体
3. 外界からのインプット(目、耳、など)ー想念ー感情ー肉体ーEGOからのリアクション(反応)
4. 「大いなる存在」は、常に自分と共にあるが、想念の嵐(EGOの支配)に覆われて、気がつかない
5. EGOは極めて巧妙で、通常ではEGOに気付くのが難しい
6. EGOと闘ってはいけない、「気付く」、「観察する」、「今に在る」と、EGOは自動消滅
7. 今に在り、時間の概念を手放すと、EGOが消滅し、入り口が見えてくる
8. 現在の状態の簡単な検査方法ー自分がしていることに、歓び、安らぎ、楽しさはあるか
新しい思考習慣を始める
現在の自分の思考習慣というのは、殆どの場合、自分の思考の仕組みや、感情とのつながりについて、考えたこともなく、いわば野放しの状態であることが殆んどだろう。全体からみると少数だが、宗教やスピリチュアルな教えを勉強した人は、自分なりに「自分の思考を変えよう」と試みたことが在ると思うが、大抵の場合はうまくいかない。原因は、EGOの中で闘っているからだ。EGOが内部でEGOを退治しようとするが、これは場合によってはEGOがもっと強大になることもある。まず、EGOの消滅するプロセスを理解すること。そして、なによりも重要な事は習慣化することだ。EGOは自分の人生の中で、数年、数十年と長い間、気づかれないで膨張を続けてきたか、潜在意識の奥に硬い殻をかぶって潜み続けてきた。これらを少しづつ表に出させて消滅させていくには、何度も習慣化した、EGO消滅プロセスを実践していく必要がある。
EGOの抵抗
EGOの見えない、密かだが、強力な抵抗がある。いろいろな形で、とにかく自分に反するプロセスを妨害してくる。当然自分では気づかない。微妙な世界だ。本当に、微妙というか、巧妙というか・・・・・・
感情的痛みからの開放を体験する
感情的な苦痛、「誰かに悪口を言われ傷ついた」「不当な扱われ方をしてキレた」「大学入試の発表まで不安でしょうがない」、など日常生活では「当たり前」で、「これをなくすなんて考えたこともない」精神的な苦痛が非常に多いことに注目しよう。 これらの苦痛は、誰もが簡単には「消すことなどできない」ものだと経験上理解しているだろう。「消すことのできない」ひとつの理由は、苦痛の原因は自分ではなく、全て、自分以外の誰か「悪口をいった相手の人間」または「外の何かの現象」にあると信じ込んでいるからだ。実際は、すべての苦悩や感情的痛みは、自分の「想念」が、創り出して「自分で苦しんでいる」のだが、これは、まず体験することによってのみ理解されてくるものだ。
いくつか例を上げてみよう。 例えば、,,,,
思考の束縛からの開放
まずは、出来る限り、自分の「思考の声」に耳を傾けること。自分の頭の中で、何度も繰り返される思考、不安、怒り、・・これらに注意を傾け、耳を澄ませ、「思考を見張る、観察する」練習をします。この思考を客観的に観察する時に、内容に対して「批判や、判断、こうあるべきだなど」を一切しないこと。この批判や判断は、同じEGOの思考なので、パラドックスのようですが、観察していることにはならない。
練習していくうちに「自分の中に、勝手に喋る誰かがいて」さらに、それを聞き、観察している「別の自分 ー本当の自分」がいることに気づいてくる。この自分の思考とは、「全く別物の観察者」(どこからくるかわからないけれど、明らかにそれを観察している誰かがいること)を体験することが、決定的な目覚めの瞬間となる。この体験は、驚きとなって、次のステップへの要石となるだろう。
例えば、………
….
小さな「今に在る(Presence)」の練習
感情を体験的に理解し観察する
思考は、感情を誘発する。感情は、心とカラダの接点から発せられる。つまり思考の状態に応じた、体の反応。思考の状態が体に対して鏡のように映し出されたもの。好き嫌いを言う、判断をくだす、解釈するなどの思考活動を自分だとみなすほど、感情エネルギーは大きくなる。自分の感情エネルギーに鈍感な人や、感情を無視している人は、それを病気の形で具現化してしまい、それを体のレベルで自覚することになる。
従って感情に敏感になり、気付くことは重要なステップ。自分の思考の状態を、本当に知りたいと望んでいるときには、からだはきちんと、適確な情報をフィードバックしてくれる。体の内面にある感情を正面からまっすぐに見据えてみましょう。思考と感情の間に差異があると感じた場合は、思考が「偽」で感情が「本物」です。
潜在意識の内容を認識できる人は殆んどいないが、潜在意識の内容は、感情という形でからだに反映されてくる。そこで初めて、潜在意識の活動に気付く。感情の観察の仕方も、思考の観察の仕方と基本的には同じだが、思考は「頭のなか」、感情はからだの多くの部位と密接にむすびついているため、主にからだで感じられる。ここでも「感情」にとりこまれないように、「感情を外から観察する人」になることがコツである。
思考に加え、感情を静かに観察できるようになると、内面の無意識が光に照らされ「大いなる存在」が発現してくるようになる。
仏陀がかつて開発したVippasana(ビッパサナ)という瞑想法は、思考ー感情ー肉体の接点から、悟りの覚醒をさせる方法だとも考えられる。