そこはかとない不幸

melancholic (Custom) (2)

ネガティブな状態には怒りや憎悪など見て直ぐにわかるもののほかに、もっと微妙な状態があって、それはふつうネガティブとはみなされていない。例えば短気、いらだち、神経質、うんざり状態などだ。こういう状態がそこはかとない不幸を生み出す。それが多くの人の日常的な状態だ。
そこに気づくためには、すこぶる鋭敏で、絶対的に「いまに在る」必要がある。そんなふうになれば、それこそが気付きの瞬間であり、心の支配から脱する時だ。多くん人は人生の大半をこういう状態で過ごす。その状態にあるのは、ある種の無意識の信念、思考の集まりだ。そういう思考は眠っている時に見ている夢と同じようなもので、夢を見ている人が、夢を見ているとおもっていないように、自分で考えているとは意識せずに考えている。

無意識の思考の一例は、

「私が安らぎを得るのは、(幸せになるには…)あることが起こる必要がある。それが起こっていないのが不満だ。不満に思っていれば、そのうちそれが起こるかもしれない。」

「過去に起こってはならないことが起こった。それを私は恨んでいる。あれが起こらなかったら、私はいま安らかな気持ちで要られたのに」

「今、起こってはならないことが起こっている。そのせいで私は安らかな気持ちではいられない」

この無意識の信念は、よく誰か(自分も含み)に向けられ、「起こるべきこと」が「するべきこと」になる。

これは、全て「あなたが安らかな気持ちで居られない」理由として、あなたを説得するためにエゴが創りだした物語だ

ではどうしたらいいか

いまという瞬間と仲直りをし、あなたを通して生命がどう展開するかを見つめよう。

生きる秘訣、すべての成功と幸福の秘訣は、「生命とひとつになること」

そのときあなたは自分が生命を生きているのではなく、生命があなたを通していきているのだと気づく。生命が踊り手で、あなたが舞踏なのだ。

何千年も人類を苦しめてきた悲惨さに終止符を打つには、まず与えられた瞬間の自分の内面の状態に自分が責任を持つことから初めなくてはならない。たった今から。

「いまこの瞬間、自分のなかにネガティブな状態がないか?」それから自分の感情や思考を冷静に見つめる。不満や苛立ちなど低レベルの不幸が自分の中にないか観察しよう。

思考から気付きへの変化が起こると、エゴの小賢しさよりもはるかに偉大な知性がアナタの人生に働き始める。感情や思考さえも個人的なものではなくなる。それが本来、個人的なものではないことがわかってくる。もうそこには自己はない。

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